2012年01月17日

平成24年度 初観音

去年と同様に、今年の初観音も雪になりました。



境内地を雪かきしましたが、綾渡以外の方々には来山は無理でした。
朝早くから村人は、それぞれの家の前を除雪しておられました。



そのようなわけで今日の観音講は15名で勤めました。
その中、99歳の伊藤さんが花を持って参詣されました。


  

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2012年01月01日

平成24年1月1日




あけまして おめでとうございます

 昨年、私たちは悲惨な天変地異に何度も遭いました。

 三月十一日午後二時四十六分、太平洋三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が起きました。
地震や津波による被害に加え、東京電力福島第一原子力発電所における原子力事故の処理が終息していないのは、皆さんご存じの通りです。


 つぎに私たちを襲った災害は台風でした。

 台風六号は七月十六日、超大型台風となり沖縄の大東島に接近していました。
綾渡ではまだ台風の影響はなく、十七日の観音講が無事に勤められました。
十九日、住友財団の援助によって平勝寺の二天立像を修復できることとなり搬出しました。
豊田郷土資料館から係りの不破さんが搬出確認に来山された頃、激しい雨が降りはじめました。
二十日、二十一日は万昌院・道孝大和尚の通夜・本葬がおこなわれ私は法要に追われていました。

雨は降り続いていました。
下山の阿蔵、梨野の降水量がただごとでないと聞き、心配していました。
そのとき大蔵連の安藤昭二さんの裏山が崩れ、土砂が家屋を押していると情報が入りました。
数日後、現場を見ましたが、手のつけようがないほど広範囲に渡る被害でした。
区長さん、自治会長さんが鋭意、豊田市と復旧交渉をされていますが、まだ終息していません。


 つぎに襲ってきたのも台風です。

 台風十二号は速度が遅く、周囲の湿った空気を取り込みながら紀伊半島に大雨を降らせていました。
九月二日、テレビを見て驚きました。新宮市の熊野川が氾濫していました。
私の師匠は新宮市熊野川町の少林寺におられるのです。
すぐ連絡を取ったのですが、すでに携帯電話も不通になっていました。
師匠のご子息はサンフランシスコの曹洞宗国際禅センターに派遣されています。
センター所長の一照さんから少林寺がどのようになっているかと、私に問い合わせメールが来るのですが状況が掴めません。

やっと九月十三日になって、私は食糧を積み込み奈良県十津川村方面から熊野川町に入り、少林寺に到着しました。
師匠は無事でしたが、死者・行方不明者が90人を超え、平成になって最悪の被害を受けました。


 このような天変地異に遭ったからこそ一層、なんでもない日常を丁寧に生きていきたいと思っています。

 二度と戻らない今日一日、そして誰とも代わることのできないいのちを生ききることが私たちに課せられた責任ではないでしょうか。
  

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2011年11月22日

今日の紅葉




香嵐渓の紅葉は、まだ少し色づきが早いようですが、
平勝寺の紅葉は今一番、美しいです。

私たち綾渡の住民のみが、朝夕の出勤時にその美しさを満喫しています。



  

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2011年11月12日

冬仕度




 秋の稲刈りでは、今年は半俵(30kg)減収でした。
しかし、わたしたち家族(3名)と娘家族(4名)が一年いただくに充分です。
上の写真は今の畑の状態です。

 ブロッコリー、菊菜、かぶ、玉ねぎ、えんどう、白菜、ねぎ、大根が植わっています。
毎朝、菊菜を採ってきて、ここ2週間ほど連続でいただいています。

 雲水時代、久斗山の安泰寺ではそろそろ冬仕度をしていました。
白菜や大根、人参など3月末分まで保存し、台所と風呂に使う薪を大量に準備しました。
本堂や庫裡の周りに雪囲いもしました。
 
 京都の安泰寺を久斗山に移転した最初の冬(昭和51年)は、雪が4m、降りました。
3月末まで、お寺から一歩も出ず、坐禅と仏典講読のみ勤めました。

 今年の9月27日、28日、平勝寺で「安泰寺同期会」がおこなわれました。
本師・渡部老師ご夫妻も来山くださり、同期のもの11名が集まりました。
お檀家さんの葬儀が入り、2名は欠席でした。

 今年のテーマは「伝法 何を私は伝えるのか」でした。
テーマを設定した私の力量不足で、質疑応答に深みを得ることができませんでした。
本師・渡部老師から「もっと眼蔵を正確に読むこと。道元禅師が何を言っておられるのか参究せよ」と叱られました。

 昭和51年、久斗山に移った当時、今回集まった皆さんは27歳前後でした。
血気盛んで、滅茶滅茶、作務(あらゆるお寺の作業)をしました。
佛典講読で見解が相違し、言い争ったこともありました。

 それから35年が経ち、今年集まってくださった皆さんは60歳前後です。
皆、それぞれの立場で仏道修行をつづけておられます。
皆さんの姿勢を見ていると励みになります。

 そんなことを思い浮かべながら、畑仕事をしていました。
そうそう、鍬を休めて腰をおろしていたら、
全山から小鳥の声が聞こえてきました。



  

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2011年10月08日

九月の掲示版




九月の掲示版は、上の写真のように書いた。
『正法眼蔵全機』を読んで、自分の言葉で言い表わしてみた。

『正法眼蔵全機』の冒頭に「諸佛の大道、その究盡するところ、透脱なり、現成なり。」と示されている。
 あらゆるつくりごとをしない、これを刻々に実践しているのが佛である。
ゆえに佛は覚めたる者である。
覚めたあり方を究め尽くしていることが、そのまま一切の束縛から離れていることであり、今が今になっていることであると。

 上述されたあり方とまったく逆の日常を私は送っている。

心配や悲しみ、苦しみや葛藤の日常である。
しかし悲しみを乗り越えた幸福感を知らないわけではない。
苦しみが去った穏やかさも経験している。
そのような記憶を通して不安定な日常の中に安定を求めてきた。
その安定をこれから先にも持続したいと執着している私がいる。
しかし、その執着がさらなる混乱と不安を生み出す。
頭で考えている限りどこまで考えても安定はない。

 「その透脱といふは、あるひは生も生を透脱し、死も死を透脱するなり」

生が死を透脱するのではなく、生が生を透脱すると書かれている。
苦しみが止んで安心するのではなく、苦しみを苦しみのまま受け取って行けることが透脱である。
ここで私は内山老師のことばを何度も反芻した。

「生と死と、いずれもアタマのなかで考えている。
そうして『生きているのが死ぬんだから、苦しいに違いない』と、こう考えるわけだ。
つまり、アタマの中に描いた幻影の中で生死を考えて、その中に迷い込む。
それで怖い、怖いと思う。
ところが本当はそうではない。
生きたり死んだりというのは、このアタマの中の出来ごとではなくして、人間の思い以上の出来ごとなのだ。
アタマの手放しのところで行われることなんだ。」と。

 私と私を取り巻く世界は固定的な独立した要素でなく、関係の中で成り立っている。
そして一瞬も留まらず流れている。

 それにもかかわらず私のアタマは事態を固定的に捉え、透脱からさらに遠のいてしまう。
アタマで描いた過去や未来の幻影の中でしか生きていない私は本当に生きていると言えるのだろうか。

「現成これ生なり、生これ現成なり」とはっきり書かれている。

記憶の中にある持続や安定を求めているかぎり、私の今は今に成っていない。
 
  

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2011年08月31日

イノシシ防御・電気牧柵




8月30日、電気牧柵を田んぼの周りに張りました。
数日前、隣の勝之さんの田んぼにイノシシが入り、稲を踏みつけていきました。
綾渡では、あちこちの田んぼが被害に遭いました。
下の写真がイノシシの通った跡です。



都会の人には、見えにくいかもしれませんが、この写真のように稲を倒しながらイノシシは田んぼに入ってきます。
今からお米が稔るので、それを食べるために、ますますイノシシが来ます。
今までは畑のイモ類を荒らしていきました。
明日、収穫しようとしていた野菜を食い荒らされると農業意欲がなくなってしまうと農家の人が言っていました。
ともかく、しばらくはイノシシとの戦いです。



昨夜は、電柵のおかげでイノシシ被害は有りませんでした。
上の写真はお寺の田んぼです。
明日の夜、二百十日の信心を綾渡の人々はおこないます。
台風やイノシシの被害に遭わず、お米がちゃんととれますように。  

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2011年08月17日

平成23年度 施餓鬼法要




施餓鬼法要当日(8月10日)は燃えるような夏日でした。
早朝より皆さんがそれぞれの持ち場で法要の準備をしてくださいました。



施餓鬼棚の様子です。


  

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2011年06月30日

今朝の田んぼとアジサイ

今朝の田んぼです。稲が元気に育っています。



梅雨に打たれながらも美しく咲いています。



  

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2011年04月17日

ゆきやなぎ レンギョウの花盛り




今、平勝寺では「ゆきやなぎ」や「レンギョウ」「梅」「桜」が花盛りを迎えています。

ちょうど去年のいまごろ、このブログ内の「住職のひとり言・亡羊の歎」に「咲くべき今にただ咲いている 5/3」という記事をかきました。
それを読み直して感想を述べてくださった方がいました。
そして「今年も咲きましたか」と聞かれました。

「はい、今年も咲きましたよ」
ここに今日の写真を載せます。






今日17日は観音講でした。40名の方々がお参りくださいました。
東日本大震災の話しをしました。
先月の観音講で皆さん義援金を出していただきましたので赤十字に送りました。



  

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2011年02月22日

オハイオ大学生の参禅




平成23年(2011)2月21日(月)オハイオ大学生9名が参禅しました。

クリストファー・トムソン先生が引率してきました。
クリストファー先生は平勝寺に三度、来ています。
アメリカの大学の在り方をよく知りませんので、疑問点があります。
たとえば、大学生たちにその専攻を聞くと、国際関係とか言語とか物理とかコンピュータとか哲学と答えました。
しかし、履歴書にはオハイオ大学言語学科日本語学部と書いてありました。
どのような制度になっているのでしょう。

ともかく坐禅のしかたをプロジェクターで説明しました。
その後、実際に坐禅をしました。

坐禅終了後、仏教についての質疑応答を一時間半受けました。
クリストファー先生が意味をよく考えて、上手に通訳してくださいました。

皆さんは、2時から5時まで平勝寺にいました。
明日は足助屋敷で、竹かごや藁ぞうり作り、和紙すきなどを体験するとのことです。





  

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2011年02月15日

まだ雪が降っています





立春が過ぎ、雨水(草木の芽が出始める頃)が近いというのに、
ここ綾渡では昨夜来の雪で写真のように真っ白です。

2月後半は、
あさって17日が観音講、19日が万昌院さんの退董式、入寺式。
20日が清涼寺さんの大般若法要。
21日がオハイオ大学生10名の坐禅会。
22日が香積寺入寺式のならし、25日が月例の坐禅会と続きます。

皆さん、平勝寺へ来るときは、車のスリップ事故や転倒に気をつけてください。


  

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2011年01月17日

大雪の初観音講

昨日から雪が降り続いています。
今日は初観音。
皆さんが安全に来山できますように朝から雪かきをしました。
でも30cm以上の積雪です。
「無理なので、今日はやめます」との電話が多くのかたからかかりました。
結局、村のかた11名で初観音を勤めました。


  

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2011年01月01日

新春



あけまして おめでとうございます

 新年の掲示版に一燈園・石川洋さんの言葉を書きました。

「花ひらく 天地いっぱい 總がかり 花だけが花ではない 枝も幹も葉も茎も すべて花のいのち」


 私たちは自分の人生を自分の一途な努力の現れだと思いがちです。
そのような一面もありますが、実は天地いっぱい總がかりで私の人生を成り立たせてくださっているのです。
何もわからない乳幼児の時から今まで、どれほど多くの人やものや環境や考え方に支えられて来たことでしょう。
食べるもの、着るもの、住まうところすべて自分以外のお陰を被っています。
大きく言えば、太陽や大地を含む自然環境から小さく言えば、家族の協力に至るまで、さまざまな支えによって私のいのちは維持されています。
時間的に言えば、先祖代々の人々や地域を守り続けた先人の有形無形の支えによって私のいのちは維持されています。


そして花だけが花でないように、枝も幹も葉も茎もすべて花のいのちのように、私のいのちも私の肉体だけが私のいのちではありません。
私が出合う人も物も環境も思考も私のいのちです。  
失敗も悩みも悔いさえも私のいのちです。

 それだからこそ、私が出合う人でも物でも自分の分身と思い、丁寧にそして大事に出合いたいと思います。

 桜の枝をむやみに伐ると樹が衰えると言われています。
花だけが花でない所以です。それと同様に出合うすべてのものに粗末に出合えば、いのちが衰えるのは当然です。
 あわてることなく、ゆっくり丁寧に生きていこうと思っています。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。
  

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2010年11月16日

第3回 足助地区ふれあいまつり

平成22年10月30日(土)足助交流館にて「第3回足助地区ふれあいまつり」がおこなわれました。
午前10時に豊田市ジュニアオーケストラの皆さんによる演奏で開幕しました。
その後、梅村善孝:脚本・演出による「お姫滝幻想 - 平勝寺伝説より」を上演しました。

出演者は、「語り」として私と近藤康次さん、安藤みさ子さん。
演技では、足助コーラス、コールメイプル、足助詩吟同好会、足助ほら貝隊、三州足助太鼓、千嘉会、新進流葵会、足助まゆみこども園、綾渡の夜念仏と盆踊り保存会、演劇集団くつわの皆さんでした。




足助交流館・飯盛座の350席は満席、通路にも人があふれていました。

鎌倉時代末期、後醍醐天皇の倒幕計画は密告により発覚した。
天皇の身辺に危険が迫り、天皇は笠置にこもり挙兵した。
天皇の皇子、平勝親王は足助氏の決起を促すために足助に来られた。
足助氏出陣の後も中之御所にとどまった。
笠置では足助次郎重範が一の木戸を守っていた。

平勝親王は観音霊場である綾渡を訪れ、戦勝祈願に明け暮れる毎日であった。
平勝親王のお世話をするために召された綾渡の長者の娘。
いつしかふたりの心は通じ合っていくのだが・・・・・

「九月三日の卯の刻に東西南北の寄せ手、あい近づいて時をつくる。その声、百千の雷の鳴るがごとくにして天地も動くばかりなり・・・」

「かの笠置の城と申すは、山高うして一片の白雲峰を埋み、谷深うして万仭の青岩道を遮る・・・」

「十善の君のおわします城なれば、六波羅殿や御向いあらんずらんと心得て、御儲けのために大和鍛冶のきとうて打ちたる鏃を少々用意つかまつりて候。一筋受けてご覧じ候へ・・・」

などと『太平記』第三巻の段をいくつか抜粋して私が読みました。




平勝親王と遊ぶ村の童を足助まゆみこども園の皆さんが演じてくれました。
「親王さま、遊ぼうよ」「いっしょに遊ぼうよ」




最後は綾渡踊りの激しい動き、鳴りやまない拍手喝采のうちに幕が閉じました。
カーテンコールで全員が並んだところです。



  

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2010年08月26日

伊藤さんとミソハギ

伊藤さんは、雨の日も晴の日も毎朝お参りにみえます。
伊藤さんの家は「奥ノ堂(おくんどう)」にあります。
「奥ノ堂」という小字名は平勝寺ゆかりの名前です。
平安時代末期、平勝寺の「奥の院」がそこにあったので、現在まで「奥の堂」と呼ばれています。
伊藤さんは大正2年生まれです。
現在97歳で、とても元気です。
記憶力がしっかりしていて、私は伊藤さんの話を聞くことがとても楽しみです。

朝食用のきゅうりとナスを採り終わったとき、
ちょうど伊藤さんがお寺へ向かって歩いていました。
私は伊藤さんと話ながら、手をつないで本堂まで行きました。

お参りが済むと、伊藤さんは私のおふくろと話をしてから帰られます。




帰っていかれる伊藤さんの左側にミソハギがあります。

ミソハギの盛りは過ぎました。
お盆の頃、仏前に供えられる頃が一番きれいでした。
花穂に水を含ませて供物に水をかけたり、精霊棚に水をかける(洒水と言います)のに使いました。



一昨夜、茂くんの田んぼにイノシシが入りました。
昨日、茂くんは電気牧柵を田んぼに張りました。
収穫時期になると、畑や田んぼにイノシシが出没し、作物を食い荒らすのでとても困っています。
家々の玄関さきまで現れます。




私の田んぼ(上の写真)は、真ちゃんと勝之さんと私の三人で協力して電気牧柵を張りました。
あと一ケ月あまり、イノシシが入りませんように。

追加:
午後3時半、「観音堂の横の池に鴨が5羽、来ているよ」と家内が言いました。
さっそく写真を撮ったのでアップします。


  

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2010年08月10日

平成22年度 夜念仏と盆踊り




平成22(2010)年8月10日10時30分の気象庁発表によりますと、
台風4号は、10日9時には東シナ海にあって、北へ毎時25kmで進んでいます。
中心気圧は980hPa、中心付近の最大風速は30m/sです。

今のところ綾渡は晴れています。

夜、雨が降れば「夜念仏と盆踊り」を中止します。
準備の都合上、「夜念仏と盆踊り」をおこなうかどうかの
最終判断(保存会長:決定事項)を10日午後3時にいたします。

このブログを見て、綾渡へ来てください。

3時:決定

今夜の「夜念仏と盆踊り」おこないます。
  

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2010年06月17日

観音講





6月、観音講の日の風景です。
このところ雨の日が続いていましたが、今日はご覧の通りの快晴でした。
毎月17日に観音講をおこなっています。
朝8時に地区の女性5名が台所をはじめます。
私は観音旗を立てます。

10時半までに観音堂と境内地の掃除を済ませ、
観音堂にてお参りをはじめます。

11時から11時45分ごろまで百万辺をおこないます。
その後、観音堂から集会所に移動して
12時に昼食をいただきます。
地区の皆さんが作った手作りの料理をいただきます。





その後、皆で談笑したり、余興を見聞きします。
三々五々、2時前後に帰られます。

台所の後片付けや周りの整理をし、夕方に終了です。
池のまわりには、きれいな花が咲いています。



  

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2010年06月04日

花まつりの御案内





東部仏教会「花まつり」


東加茂仏教会には七つの支部があります。
旭、足助北部、足助中部、足助東部、足助西部、下山、稲武の七支部です。
寺院数は六十七ヶ寺です。

平勝寺が属しているのは、足助東部仏教会です。

東部仏教会にはもともと十一ヶ寺が所属していました。
十一ヶ寺を列挙するとつぎの通りです。
葛沢の宝樹院(浄土宗西山深草派)、
室口の正覚院(浄土宗西山深草派)、
桑田和の中宮寺(浄土宗西山深草派)、
同じく桑田和の久遠寺(真宗大谷派)、
ここ綾渡の平勝寺以下はみな曹洞宗です。
山谷の万昌院、川面の龍宝寺、
上八木の宗源寺、五反田の昌全寺、
千田の梅林寺、明川の円通院です。

 十一ヶ寺のうち現在、活動している寺院は七ヶ寺です。
この七ヶ寺が属する地域を四つに分け、毎年ひとつの地区で「花まつり」を開催しています。
したがいまして四年に一度、私たちの御内・椿立地区に開催地が廻ってきます。

 本年は、私たちの番です。
御内、椿立地区の皆さんには、定例会のときに全戸に「花まつり」案内チラシを配布いたしました。

ここにもう一度、ご案内いたします。

東部仏教会主催の「花まつり」を六月十二日(土)午前十時から平勝寺本堂にておこないます。
赤ちゃんからお年寄りまで誰でもご参加ください。

法要後に余興として、手品や短い映画会をおこないます。
お供えのおさがりもお配りします。是非、ご参加ください。

 花まつりは灌仏会(かんぶつえ)とか降誕会(ごうたんえ)といって、釈尊の誕生を祝う行事です。
平勝寺では毎年旧暦の四月八日におこなっています。

 花御堂(はなみどう)を作り、その中に灌仏桶を置き、甘茶を満たします。
誕生仏をその中央に安置し、柄杓で誕生仏に甘茶をかけて祝います。  

甘茶をかける由来は以下の通りです。

 釈尊の父はシャカ族の浄飯王、母はコーリヤ族出身の摩耶夫人です。
今から約二千五百年前、摩耶夫人は釈尊を懐妊し、出産のため故郷に戻る旅に出ました。
旅の途中にルンビニーの園に立ち寄りました。
周囲には美しい花々が咲き誇っていました。
その花を手折ろうとしたとき釈尊を産みました。
その時、竜王が天から甘露の雨を降り注いて釈尊の誕生を祝福しました。

釈尊は産まれてすぐ、七歩あるき、右手で天を指さし左手で地を指さして「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言われたそうです。

 このような由来を踏まえ、花御堂はルンビニーの園を模し、甘茶は龍王の甘露の雨を模して誕生仏におかけします。
 釈尊の誕生は父・浄飯王をして「すべての願いが叶った」と言わせたほどの喜びでしたが、母・摩耶夫人は釈尊を産んで七日後に亡くなってしまいました。
その後の釈尊は摩耶夫人の妹に育てられました。
生母を知らないという最大の悲しみを持ちながらも、なおかつ最高の生き方を示された釈尊の誕生を心から皆でお祝いいたしましょう。



  

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2010年05月03日

ドクターヘリ出動

五月三日、綾渡地内では田植えの準備に大わらわでした。
大半の人々が田の畦草刈りをしていました。
私も午前中、畦草刈りをおこない、午後からは稲の苗を受け取りました。

その後、庫裡で休憩していました。
そのとき家内が息せき切って走ってきて「裏山で人が倒れている」と叫びました。
家内は「茂くんたちも呼んでくる」と叫び隣の家へ走って行きました。

明日は弘法さまのお祭りなので、家内は裏山へ掃除に行きました。
山の頂上まであがったところ、65歳前後の男性がおにぎりを半分食べで寝転んでいました。
家内は最初、その人は昼寝をしていると思ったそうです。
掃除をしながら、行き過ぎましたが、どうも変だと思って引き返しました。
「もし、もし、大丈夫ですか?」
反応がなかったので、家内はびっくりして山から駆け降りてきました。

手のすいた村人がつぎつぎと来てくれたので、対応が早くできました。

消防工作車が一番にきました。
その後、救急車。
そしてドクターヘリが平勝寺の駐車場に降り立ちました。





皆の協力で、倒れた人をドクターヘリで厚生病院へ運ぶことができました。
ありがとうございました。  

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2010年03月29日

桜が満開





今年は桜の開花が少々、早いようです。
境内地の桜は、もう満開です。



  

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