2013年09月03日

観音石仏の移動




 足助から平勝寺に至る昔の三つの道沿いに百体の観音菩薩像が祀られています。

 慶応元年七月に坂東三十三観音像が作られました。
この観音石仏群は桑田和を出発点として大蔵連を通り綾渡地内に入って平勝寺門前が終点の三十三体です。

 つぎに慶応二年七月には秩父三十四観音像が作られました。
この観音石仏群は中之御所を出発点として漆畑、椿立を通り綾渡地内に入って平勝寺門前が終点の三十四体です。

 続いて慶応二年八月には西国三十三観音像が作られました。
この観音石仏群は安実京を出発点として有洞、山谷を通り綾渡地内に入って平勝寺門前が終点の三十三体です。

 足助から平勝寺へ車で来山されると出会えない観音石仏があります。
それは人しか通れない旧道に観音石仏がお祀りしてあるからです。
めったにお参りできない旧道に観音さまがおみえになるのは忍びないと山谷の人々は思いました。
そこで今年度の「わくわく事業」の予算を使い旧道の観音石仏を車の通る道路沿いに移動させようということになりました。
 
八月二十四日(土)、山谷の役員さん四名と私は旧道沿いにある十四体の観音石仏の魂抜きをおこない、いつでも移動できるよう準備しました。
私が林の中の観音さまに再会したのは二十三年ぶりです。
平勝寺住職になった頃、鈴木茂夫先生や柴田金一さんに百体観音石仏についてその由来を聞きました。
平勝寺に関係のあることだと思い、一体一体を調査しました。
石仏の大きさ、像容、寄附者の氏名など記録しました。
そしてB紙に百体観音石仏の位置を書きこみました。
平成二年十月二十五日に清書し、一枚の大きな地図を作っておきました。
今回その地図が役立ち、林の中にある観音さまをすぐに見つけることができました。

 移動整備するのは西国三十三観音像のうち山谷地区にある第九番から第二十三番です。
第九番は有洞から山谷に入る白山神社の対面の旧道にあったものです。
第十番は白馬観音堂の麓にあったものです。
第十三番はありません。
百体観音のうちこの西国第十三番観音像だけが無いのは、平成十七年八月に盗難に遭ったからです。
落部の野田甚五郎氏によって寄附されたものですが残念ながら誰かが盗っていってしまいました。

今回、観音さまを車が通る道に移動するにあたり、盗難の心配がありますが、強力な接着剤で観音石仏を土台石に着けるとのことです。 

第十四番、第十五番は車道の北側の旧道にあったものです。
第十九番は山谷の薬師堂の脇にあったものです。
第二十番は最も険しい林の中にありました。
第二十一番は筒井敏夫さんの炭焼き小屋の後ろにあったものです。
第二十二番と第二十三番は東海自然歩道沿いにあったものです。
 
移動整備がなされた折りには、魂入れの法要をおこないます。

 観音石仏と言えば、数年前から百体観音石仏群の調査をはじめられた人がふたりみえます。
ひとりは、さとやまユースの小川光夫さん、もうひとりは夜念仏に参加されている藤森修先生(解剖学教授)です。

 小川さんは秩父三十四観音を調査し、私に疑問を呈しました。
私が秩父第十九番観音石仏(黒柳博家入り口にあるもの)としているのが違うのではないか。
第十九番は椿立明神社の入り口にあると言われました。
一緒に調査に行きましたが、小川さんが言われる通りでした。
では、黒柳家の前にある観音石仏は第何番になるのでしょう。
今後、継続調査します。
 藤森先生は人体について常にデータを科学的に処理されておられます。
観音石仏も学術的に記録されることを私は期待しています。
  


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2013年02月28日

三月は行事が目白押し





春の日差しが暖かくなりました。
森林組合の皆さんに裏山の間伐をしていただいています。

三月は行事が目白押しです。
書きあげてみます。

三月一日(金) 足助高校卒業式 参列

 この行事参列をもって足助高等学校学校評議員を辞任します。
平成十八年四月から七年間、勤めました。
その間、川合政仁校長先生、平松学校長先生、長谷龍吾校長先生、磯谷和明校長先生など四代の校長先生の教育方針に接してきました。
県立足助高校は地域に根差し、少人数で丁寧に教えてもらえ、学校規模は小さくても大きな夢が叶う学校といえます。
今後も期待しています。


三月三日(日) 龍宝寺・本堂落慶法要

 去年の二月に本堂を解体し、今年のこの日に本堂落慶法要が営まれます。
解体されるとき、棟札を見ました。
その棟札には宝暦四年と書かれていました。
今から二百六十年ほど前に旧本堂が建てられたことが分かりました。
宝暦は享保の改革後、増税による百姓一揆が各地に起きた時代でした。


三月十日(日) 初午大般若法要

 午前十時から受付を開始します。法要は午後一時からです。
粗飯を用意しておりますので、お寺で昼食を取るようにお越し下さい。
 なお餅投げの準備、実行は平成十一年度から自治会長さんを中心に伍長以上の役員さん方がお世話くださっています。今年もよろしくお願いいたします。
 今回は「二天立像修復ならびに収蔵庫改修 記念特別公開」を午後一時から三時までの二時間、おこないます。
二天立像が立派に修復できたのは、愛知県と豊田市と住友財団の補助金があったからです。
住友財団の助成金を受けるに際して、修復後、公開しなければならないとの条項を満たすために、初午にあわせて公開いたします。
是非、ご来山ください。


三月十七日(日)  観音講 中止

 今月の観音講は、綾渡地区の「わくわく事業」と重なりましたので中止します。
私は、慶安寺春彼岸施餓鬼法要に随喜します。


三月十八日~二十三日  香積寺彼岸経参り

 香積寺様、慶安寺様、昌安寺様といっしょに彼岸経を勤めます。
その間、足助の三ヶ寺で春彼岸施食法要がおこなわれます。


三月十八日~二十四日  テレホン法話

 曹洞宗・東海管区教化センターでは毎日「たのしみ法話」をおこなっています。
三月十八日から二十四日までの一週間、私の放送が流れます。
「末期(まつご)の眼をもって生きる」と題して話します。
 フリーダイヤル0120の560の511は何度かけても通話料金が要りませんので、このフリーダイヤルをご利用ください。
東海地区以外の方は052の682の3511でおかけください。


三月二十六日(火)  旧暦 涅槃会

 お釈迦さまの亡くなられた日です。涅槃図をかかげ、涅槃団子の接待をいたします。是非、お参りください。


三月三十日、三十一日(日) 宗源寺晋山式

 藤村信隆師(五十四歳)が宗源寺に晋山されます。
信隆師は昭和五十七年に愛知学院大学文学部を卒業し、そのまま愛知学院に奉職され現在に至っています。
 宗源寺では四年前から檀信徒の皆さんで晋山式の準備をされてきました。
首座は新城市玖老勢の周昌院徒弟・高柳鐡山さんです。
当日、四十ヶ寺のご寺院が随喜します。
 同時に先住・藤村孝道老師の退董式もおこなわれます。
孝道老師は昭和三十年に宗源寺住職に就任されています。
よって五十八年、勤められたことになります。
内助の功を果たされたお庫裡さんも顕彰されます。



  


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2013年01月14日

いのちのありようを求めて




(矢作新報 平成25年1月10日 発行 転載)

 昔から禅僧は正月に遺偈を作ってきた。遺偈とは漢詩で表現された遺言である。
この年のいつ亡くなってもいいように正月に書いておくのである。

 仏弟子として師匠から何を学びどのように実践してきたのか、また後人に伝えたいぎりぎりの一句を述べるとしたらどのような言葉を吐くのか。
嘘偽りや飾りを徹底的に除いて今の私が言えることはこれだと吐露したのが遺偈である。

 死ぬ縁が整わず、次の正月を迎えることができたならそのとき又、あらたな遺偈を作る。
この意味で遺偈は死ぬ直前の書置きではなく毎日毎日、自己を見極めるための覚悟であるとも言える。

 幸いに私はこの歳になるまで患うことがなかった。
 しかし昨年末、病を得、生涯ではじめて手術を受けた。
手術当日、午後一時に看護師さんが私を迎えに来た。
私は手術着に着替え待っていた。私は看護師さんに連れられ歩いて手術室に向かった。
手術台に登ると心電図や血圧計などいろいろな機器が私に付けられた。
全身麻酔をするために背を丸め、脊髄の硬膜外腔に細いカテーテルが入れられた。
カテーテルを固定し終わったところで、仰向けになるよう指示があった。
仰向けになりながら私は手術室に掛けてある時計を見た。

「ああ、一時十分か。」

 その直後から何も覚えていない。痛みもない。呼吸も止まっていたのだろう。

 近代医学の恩恵を蒙ってちょうど四時間後に私は目を覚ました。
もし目が覚めなかったなら私の末期の眼に映った今生の風景と感慨は「ああ、一時十分か」ただそれだけである。
末期の眼に映る風物が切ないほど美しいと言える人は末期でなくとも美しさを見出す眼を持った人だったのだろう。
その人が生きてきた瞬間と同じ末期の瞬間しか迎えることができないと思った。

 僧侶として多くの人の死を見つめてきた。
いのちには限りがあるとわかっているのに自分の死はまだ先だという気持ちがどこかにあった。
今回、病を得て私にも遠からず終末が来ることが実感できた。
そのときになって「ああ、一時十分か」だけではいかにも口惜しい。
遺偈という形をとらなくてもよい。
平生使っている言葉で身近な人に伝えるべきことを伝えておかなくてはならないと思った。

 私が伝えなければならないと思っていることは一体何であろうか。
すべてが移り変わるこの世にあって、いのちのありよう、使いようを求め続けている姿勢としか言えない。
求めた結果としての答えは未だ手にしていない。
生死の一大事を明らかにするために過ごす日々が私の遺偈であり、仏弟子としての本懐であると思っている。
  


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2012年11月10日

平成24年の紅葉




この数日、冷え込みました。
境内地のもみじが一斉に色づきました。
朝日、夕日に映え、とてもきれいです。
香嵐渓が渋滞していますから、どうぞこのブログでお楽しみください。
今日のもみじです。




11月12日の紅葉もまた一段と美しかったので以下の写真を追加しました。



  


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2012年09月16日

今日から二天立像修復記念特別公開




平勝寺二天立像修復記念特別公開

日時 平成24年9月15日(土)~10月21日(日)
    午前9時~午後5時  月曜休館

場所 豊田市郷土資料館 第一展示室
    豊田市陣中町1丁目21番地 電話0565-32-6561

入場料 無料

平勝寺所蔵の「木造二天立像(多門天と持国天)」が平成23年度に修復されました。
この修復は、住友財団の「文化財維持・修復助成事業」および愛知県教育委員会と豊田市教育委員会の補助事業により完成しました。
ありがたく思っています。

「木造二天立像」は昭和32年9月6日に愛知県の有形文化財に指定されています。

修復されたところは以下の通りです。
1.像の表面にみられる色彩の色止め。
2.炭化部分に薬剤を浸透。
3.剥ぎ目の接合。
4.足と邪鬼のホゾとホゾ穴を補強。
5.台座を新補。光背の補強。

山崎先生はじめ、多くの方々のお世話になりました。
また、本尊・観音さまもパタミタミュージアムへお出かけです。
どちらへもご参拝ください。
  


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2012年09月13日

観音さま 出発の日

8月26日、観音さまがパラミタミュージアムへ出発される日、朝8時からのお勤めに随喜された村人。





パラミタミュージアム学芸企画部長・赤川一博氏の説明を聞く村人。



  


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2012年09月09日

南都大安寺と観音さま展




南都大安寺と観音さま展

日時:2012(平成24年)8月30日(木)~10月10日(水)
   会期中 無休 午前9時30分~午後5時30分

場所:岡田文化財団 パラミタミュージアム
   三重県三重郡菰野町大羽根園松ヶ枝町21-6
   Tel 059-391-1088  Fax 059-391-1077

入館料:一般1,000円 大学生800円 高校生500円 中学以下無料

記念講演会、座談会、講演会が多数開催されますので、日時を各自でお問い合わせください。

この展覧会に平勝寺の国指定重要文化財・聖観音菩薩坐像が出陳されました。
聖観音菩薩坐像が綾渡を離れるのは、52年ぶり、第2回目のことです。

今日(9月9日)綾渡の皆さんが観光バス1台に乗ってパラミタミュージアムへ行きました。
私は体調不良のため、残念でしたが欠席しました。
会期中に必ず行きます。

8月26日(日)午前8時から観音堂で観音さまの道中安全と留守中の村人のご加護を祈りました。
午後2時に文化財専門の運搬業者による積み込みが完了しました。
綾渡を出発する観音さまに村人は合掌低頭して見送りました。


  


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2012年05月30日

旧暦 花まつり




5月28日は旧暦で言うと4月8日になります。
平勝寺では、毎年、旧暦でお釈迦さまの誕生をお祝いしています。

私たち仏教徒は、降誕会、成道会、涅槃会を大切にしています。
このみっつを三佛忌と言っています。

降誕会はお釈迦さまがお生まれになった日(4月8日)
成道会はお釈迦さまがお悟りになった日(12月8日)
涅槃会はお釈迦さまがお亡くなりになった日(2月15日)です。

誕生日には、ルンビニーの花園を偲び、色とりどりの花を飾ります。
そして甘茶をかけます。

5月28日の早朝、村の人が自分の庭に咲いている花を届けてくれました。
もう少し華やかに飾りたく思い、綾渡の家々へ花を貰いに行きました。
路傍に咲いている花も摘みました。

9時半までに、花御堂を飾り終わりお経をあげました。

郵便屋さんが配達に来て、ついでに甘茶をかけてくださいました。
はじめて出会う郵便屋さんだったので、お話を聞くと、
ショートトラック・オリンピック出場・寺尾選手のお父さんでした。

夕方までに12名の参拝者がありました。




  


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2012年03月09日

初午と歌碑




 今年の初午大般若法要は二月二十六日に勤めました。
初午とは、稲荷社の縁日です。
観音堂後方にある稲荷社に氏子総代さんが供物を供え、私が作った五色旗を飾られます。

江戸時代にはこの日に子どもたちが寺小屋に入門したそうです。
また、初午が早い年は火事が多いと言われています。
三月に入ってから初午を勤める年が多いのですが、今年は二月でした。火事に気をつけてください。

 初午前夜、餅つきがおこなわれました。
一戸当たり五合の餅米を伍長さんが集めました。
観音講からは、ふた臼分餅米を寄進されました。
以前は若連の行事でしたが諸事情のため今では自治会長さんがリーダーを勤めています。
今年は九臼つきました。

 男性が十三名、女性が九名、お取り持ちくださいました。
三臼くらいついたところで投げ餅が何個できるか皆で予測します。
千個から千五百個までの数をそれぞれ言いました。
多く言った人は、小ぶりの投げ餅を作り、数を増やし皆の笑いを誘いました。

最終的には千百五十個できました。

 私は体力がないので、いつも餅を丸める係りを担当しています。
上の写真のように餅を並べ勘定します。

 初午当日の朝八時から餅と景品引き換え券をビニール袋に詰め、六個の祝儀櫃に分け入れます。
餅の上には朝採ってきた檜の葉をのせ蓋をして観音堂にお供えします。

 このような初午準備をしているときに、区長さんが「わくわく事業」の歌碑について私に提案されました。

 先住、小川昇堂さんのつぎの歌を歌碑にしたいとのことでした。

 大門坂越え来て
寧比曽この見ゆる
  木曾尾嶺は
秋の色になりたり

「山門前の駐車場に石を持って来てあるので、それに合わせて字を書いてほしい」と言われました。
「いつまでに」と聞くと「四、五日で」とのことでした。

 練習している暇がありません。二月二十九日、小雨が降り、静かな時間が持てたので一気呵成に仕上げてしまいました。

 へたですが、昇堂さんの後住が書いたということだけが取り柄と思っています。
石屋さんに持って行く前に石と字の大きさの私の感覚をコンピューター上でシミュレートしてみました。
下の写真がそれです。



  


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2012年01月17日

平成24年度 初観音

去年と同様に、今年の初観音も雪になりました。



境内地を雪かきしましたが、綾渡以外の方々には来山は無理でした。
朝早くから村人は、それぞれの家の前を除雪しておられました。



そのようなわけで今日の観音講は15名で勤めました。
その中、99歳の伊藤さんが花を持って参詣されました。


  


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2012年01月01日

平成24年1月1日




あけまして おめでとうございます

 昨年、私たちは悲惨な天変地異に何度も遭いました。

 三月十一日午後二時四十六分、太平洋三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が起きました。
地震や津波による被害に加え、東京電力福島第一原子力発電所における原子力事故の処理が終息していないのは、皆さんご存じの通りです。


 つぎに私たちを襲った災害は台風でした。

 台風六号は七月十六日、超大型台風となり沖縄の大東島に接近していました。
綾渡ではまだ台風の影響はなく、十七日の観音講が無事に勤められました。
十九日、住友財団の援助によって平勝寺の二天立像を修復できることとなり搬出しました。
豊田郷土資料館から係りの不破さんが搬出確認に来山された頃、激しい雨が降りはじめました。
二十日、二十一日は万昌院・道孝大和尚の通夜・本葬がおこなわれ私は法要に追われていました。

雨は降り続いていました。
下山の阿蔵、梨野の降水量がただごとでないと聞き、心配していました。
そのとき大蔵連の安藤昭二さんの裏山が崩れ、土砂が家屋を押していると情報が入りました。
数日後、現場を見ましたが、手のつけようがないほど広範囲に渡る被害でした。
区長さん、自治会長さんが鋭意、豊田市と復旧交渉をされていますが、まだ終息していません。


 つぎに襲ってきたのも台風です。

 台風十二号は速度が遅く、周囲の湿った空気を取り込みながら紀伊半島に大雨を降らせていました。
九月二日、テレビを見て驚きました。新宮市の熊野川が氾濫していました。
私の師匠は新宮市熊野川町の少林寺におられるのです。
すぐ連絡を取ったのですが、すでに携帯電話も不通になっていました。
師匠のご子息はサンフランシスコの曹洞宗国際禅センターに派遣されています。
センター所長の一照さんから少林寺がどのようになっているかと、私に問い合わせメールが来るのですが状況が掴めません。

やっと九月十三日になって、私は食糧を積み込み奈良県十津川村方面から熊野川町に入り、少林寺に到着しました。
師匠は無事でしたが、死者・行方不明者が90人を超え、平成になって最悪の被害を受けました。


 このような天変地異に遭ったからこそ一層、なんでもない日常を丁寧に生きていきたいと思っています。

 二度と戻らない今日一日、そして誰とも代わることのできないいのちを生ききることが私たちに課せられた責任ではないでしょうか。
  


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2011年11月22日

今日の紅葉




香嵐渓の紅葉は、まだ少し色づきが早いようですが、
平勝寺の紅葉は今一番、美しいです。

私たち綾渡の住民のみが、朝夕の出勤時にその美しさを満喫しています。



  


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2011年11月12日

冬仕度




 秋の稲刈りでは、今年は半俵(30kg)減収でした。
しかし、わたしたち家族(3名)と娘家族(4名)が一年いただくに充分です。
上の写真は今の畑の状態です。

 ブロッコリー、菊菜、かぶ、玉ねぎ、えんどう、白菜、ねぎ、大根が植わっています。
毎朝、菊菜を採ってきて、ここ2週間ほど連続でいただいています。

 雲水時代、久斗山の安泰寺ではそろそろ冬仕度をしていました。
白菜や大根、人参など3月末分まで保存し、台所と風呂に使う薪を大量に準備しました。
本堂や庫裡の周りに雪囲いもしました。
 
 京都の安泰寺を久斗山に移転した最初の冬(昭和51年)は、雪が4m、降りました。
3月末まで、お寺から一歩も出ず、坐禅と仏典講読のみ勤めました。

 今年の9月27日、28日、平勝寺で「安泰寺同期会」がおこなわれました。
本師・渡部老師ご夫妻も来山くださり、同期のもの11名が集まりました。
お檀家さんの葬儀が入り、2名は欠席でした。

 今年のテーマは「伝法 何を私は伝えるのか」でした。
テーマを設定した私の力量不足で、質疑応答に深みを得ることができませんでした。
本師・渡部老師から「もっと眼蔵を正確に読むこと。道元禅師が何を言っておられるのか参究せよ」と叱られました。

 昭和51年、久斗山に移った当時、今回集まった皆さんは27歳前後でした。
血気盛んで、滅茶滅茶、作務(あらゆるお寺の作業)をしました。
佛典講読で見解が相違し、言い争ったこともありました。

 それから35年が経ち、今年集まってくださった皆さんは60歳前後です。
皆、それぞれの立場で仏道修行をつづけておられます。
皆さんの姿勢を見ていると励みになります。

 そんなことを思い浮かべながら、畑仕事をしていました。
そうそう、鍬を休めて腰をおろしていたら、
全山から小鳥の声が聞こえてきました。



  


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2011年10月08日

九月の掲示版




九月の掲示版は、上の写真のように書いた。
『正法眼蔵全機』を読んで、自分の言葉で言い表わしてみた。

『正法眼蔵全機』の冒頭に「諸佛の大道、その究盡するところ、透脱なり、現成なり。」と示されている。
 あらゆるつくりごとをしない、これを刻々に実践しているのが佛である。
ゆえに佛は覚めたる者である。
覚めたあり方を究め尽くしていることが、そのまま一切の束縛から離れていることであり、今が今になっていることであると。

 上述されたあり方とまったく逆の日常を私は送っている。

心配や悲しみ、苦しみや葛藤の日常である。
しかし悲しみを乗り越えた幸福感を知らないわけではない。
苦しみが去った穏やかさも経験している。
そのような記憶を通して不安定な日常の中に安定を求めてきた。
その安定をこれから先にも持続したいと執着している私がいる。
しかし、その執着がさらなる混乱と不安を生み出す。
頭で考えている限りどこまで考えても安定はない。

 「その透脱といふは、あるひは生も生を透脱し、死も死を透脱するなり」

生が死を透脱するのではなく、生が生を透脱すると書かれている。
苦しみが止んで安心するのではなく、苦しみを苦しみのまま受け取って行けることが透脱である。
ここで私は内山老師のことばを何度も反芻した。

「生と死と、いずれもアタマのなかで考えている。
そうして『生きているのが死ぬんだから、苦しいに違いない』と、こう考えるわけだ。
つまり、アタマの中に描いた幻影の中で生死を考えて、その中に迷い込む。
それで怖い、怖いと思う。
ところが本当はそうではない。
生きたり死んだりというのは、このアタマの中の出来ごとではなくして、人間の思い以上の出来ごとなのだ。
アタマの手放しのところで行われることなんだ。」と。

 私と私を取り巻く世界は固定的な独立した要素でなく、関係の中で成り立っている。
そして一瞬も留まらず流れている。

 それにもかかわらず私のアタマは事態を固定的に捉え、透脱からさらに遠のいてしまう。
アタマで描いた過去や未来の幻影の中でしか生きていない私は本当に生きていると言えるのだろうか。

「現成これ生なり、生これ現成なり」とはっきり書かれている。

記憶の中にある持続や安定を求めているかぎり、私の今は今に成っていない。
 
  


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2011年08月31日

イノシシ防御・電気牧柵




8月30日、電気牧柵を田んぼの周りに張りました。
数日前、隣の勝之さんの田んぼにイノシシが入り、稲を踏みつけていきました。
綾渡では、あちこちの田んぼが被害に遭いました。
下の写真がイノシシの通った跡です。



都会の人には、見えにくいかもしれませんが、この写真のように稲を倒しながらイノシシは田んぼに入ってきます。
今からお米が稔るので、それを食べるために、ますますイノシシが来ます。
今までは畑のイモ類を荒らしていきました。
明日、収穫しようとしていた野菜を食い荒らされると農業意欲がなくなってしまうと農家の人が言っていました。
ともかく、しばらくはイノシシとの戦いです。



昨夜は、電柵のおかげでイノシシ被害は有りませんでした。
上の写真はお寺の田んぼです。
明日の夜、二百十日の信心を綾渡の人々はおこないます。
台風やイノシシの被害に遭わず、お米がちゃんととれますように。  


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2011年08月17日

平成23年度 施餓鬼法要




施餓鬼法要当日(8月10日)は燃えるような夏日でした。
早朝より皆さんがそれぞれの持ち場で法要の準備をしてくださいました。



施餓鬼棚の様子です。


  


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2011年06月30日

今朝の田んぼとアジサイ

今朝の田んぼです。稲が元気に育っています。



梅雨に打たれながらも美しく咲いています。



  


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2011年04月17日

ゆきやなぎ レンギョウの花盛り




今、平勝寺では「ゆきやなぎ」や「レンギョウ」「梅」「桜」が花盛りを迎えています。

ちょうど去年のいまごろ、このブログ内の「住職のひとり言・亡羊の歎」に「咲くべき今にただ咲いている 5/3」という記事をかきました。
それを読み直して感想を述べてくださった方がいました。
そして「今年も咲きましたか」と聞かれました。

「はい、今年も咲きましたよ」
ここに今日の写真を載せます。






今日17日は観音講でした。40名の方々がお参りくださいました。
東日本大震災の話しをしました。
先月の観音講で皆さん義援金を出していただきましたので赤十字に送りました。



  


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2011年02月22日

オハイオ大学生の参禅




平成23年(2011)2月21日(月)オハイオ大学生9名が参禅しました。

クリストファー・トムソン先生が引率してきました。
クリストファー先生は平勝寺に三度、来ています。
アメリカの大学の在り方をよく知りませんので、疑問点があります。
たとえば、大学生たちにその専攻を聞くと、国際関係とか言語とか物理とかコンピュータとか哲学と答えました。
しかし、履歴書にはオハイオ大学言語学科日本語学部と書いてありました。
どのような制度になっているのでしょう。

ともかく坐禅のしかたをプロジェクターで説明しました。
その後、実際に坐禅をしました。

坐禅終了後、仏教についての質疑応答を一時間半受けました。
クリストファー先生が意味をよく考えて、上手に通訳してくださいました。

皆さんは、2時から5時まで平勝寺にいました。
明日は足助屋敷で、竹かごや藁ぞうり作り、和紙すきなどを体験するとのことです。





  


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2011年02月15日

まだ雪が降っています





立春が過ぎ、雨水(草木の芽が出始める頃)が近いというのに、
ここ綾渡では昨夜来の雪で写真のように真っ白です。

2月後半は、
あさって17日が観音講、19日が万昌院さんの退董式、入寺式。
20日が清涼寺さんの大般若法要。
21日がオハイオ大学生10名の坐禅会。
22日が香積寺入寺式のならし、25日が月例の坐禅会と続きます。

皆さん、平勝寺へ来るときは、車のスリップ事故や転倒に気をつけてください。


  


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