2012年01月01日

平成24年1月1日




あけまして おめでとうございます

 昨年、私たちは悲惨な天変地異に何度も遭いました。

 三月十一日午後二時四十六分、太平洋三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が起きました。
地震や津波による被害に加え、東京電力福島第一原子力発電所における原子力事故の処理が終息していないのは、皆さんご存じの通りです。


 つぎに私たちを襲った災害は台風でした。

 台風六号は七月十六日、超大型台風となり沖縄の大東島に接近していました。
綾渡ではまだ台風の影響はなく、十七日の観音講が無事に勤められました。
十九日、住友財団の援助によって平勝寺の二天立像を修復できることとなり搬出しました。
豊田郷土資料館から係りの不破さんが搬出確認に来山された頃、激しい雨が降りはじめました。
二十日、二十一日は万昌院・道孝大和尚の通夜・本葬がおこなわれ私は法要に追われていました。

雨は降り続いていました。
下山の阿蔵、梨野の降水量がただごとでないと聞き、心配していました。
そのとき大蔵連の安藤昭二さんの裏山が崩れ、土砂が家屋を押していると情報が入りました。
数日後、現場を見ましたが、手のつけようがないほど広範囲に渡る被害でした。
区長さん、自治会長さんが鋭意、豊田市と復旧交渉をされていますが、まだ終息していません。


 つぎに襲ってきたのも台風です。

 台風十二号は速度が遅く、周囲の湿った空気を取り込みながら紀伊半島に大雨を降らせていました。
九月二日、テレビを見て驚きました。新宮市の熊野川が氾濫していました。
私の師匠は新宮市熊野川町の少林寺におられるのです。
すぐ連絡を取ったのですが、すでに携帯電話も不通になっていました。
師匠のご子息はサンフランシスコの曹洞宗国際禅センターに派遣されています。
センター所長の一照さんから少林寺がどのようになっているかと、私に問い合わせメールが来るのですが状況が掴めません。

やっと九月十三日になって、私は食糧を積み込み奈良県十津川村方面から熊野川町に入り、少林寺に到着しました。
師匠は無事でしたが、死者・行方不明者が90人を超え、平成になって最悪の被害を受けました。


 このような天変地異に遭ったからこそ一層、なんでもない日常を丁寧に生きていきたいと思っています。

 二度と戻らない今日一日、そして誰とも代わることのできないいのちを生ききることが私たちに課せられた責任ではないでしょうか。



上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。